現代日本社会と天皇制

日本は国の政体を国名として表記していません。
では、現代の日本は一体どういった政体かと言えば、それは、象徴天皇制を内に抱えた民主制であると言えます。

憲法に天皇は象徴であり主権は国民に存する、と明記されていますので、天皇は君主ではなく、あくまでも象徴です。立憲君主制がさらに弱まった形と言ってよいと思います。君主という記載はありませんので、君主は存在していません。

民主主義が何かというのは難しい問題を含んでいますが、その必須条件の一つは国の組織の内部に世襲により固定化された階層がないということです。この点から言うと、形としては日本は純粋な民主主義国家とは言えません。但し、戦後の日本は実質的には民主主義の国家であり、その事に異議を唱える人は居ないと思いますが、現在でも天皇制は宮内庁という確固とした政府組織により運営されており、象徴というよりはあたかも立憲君主制であるかのような規模で維持されています。宮内庁の年間予算は関連予算を含め年間261億円(2009年度)(注1)、という規模で維持されており、これは日本の国会の衆参両院議員すべての給与の約1.7倍に相当します。憲法に規定された天皇の仕事は限定的な儀式、儀礼的なことだけのはずですが、現在はこの範囲を越えて褒章、叙勲行事の拡大などにより、戦後の象徴天皇制が始まった当初と比べるとその費用は格段に増大しています。こうした状況が、国民が民主主義について考えた場合、日本が真の民主主義国家であると自信を持って言うことの妨げとなっている大きな理由であると思います。
2009年のアンケート(注2)によれば、その8%が「天皇制を廃止する」と回答しています。これは決して小さい数字ではありません。戦後、象徴天皇制が始まって以来、その是非は一度も問われた事がありません。日本が真の民主主義国家になるためには、天皇制を廃止するか少なくとも天皇制は政府の外部に設置するべきですが、この点について近い将来、憲法改正が日本で行われる可能性は非常に低いと思われます。

ただ、実際には、皇位継承権を持つ次世代の男子は現在1人だけですので、この制度はこのまま行くと自然消滅ということになると思いますが、恐らく女性天皇を認めるということで制度の維持が図られると思われます。その場合でも、皇族数が少ないためにその将来は厳しいものと思われます。こうして女性天皇が認められるにしても、もし男子天皇の系譜が途切れた場合には、天皇制の持つ最も重要な核である「万世一系」の伝統が崩れることになり、実際には本来の天皇制はその時点で終了となります。その後の天皇制は形式的なものとなります。このことはどういうことかと言えば、直系男子の中に神性が宿るという天皇制の最も基本的な考え方があり、それが崩れる、つまり神性が失われるという事です。これに伴い、天皇が国の中心であると考えている政治家、学者、官僚の多くは離れて行き、また、宗教との関係(注3)も変わって行くと予想されます。

また、天皇はいわゆる「世間」(注4)にも大きな影響を与えていました。戦前とは比べようもありませんが、畏れの意識を大きく持っていたのがこの世間です。しかし、それも昭和天皇の時代から比べると現在では世間がより小さくなり、市民意識が定着していく中で減少していると思われます。

戦前から戦後にかけては非常に大きな変化がありました。王政復古による明治時代に始まり終戦まで続いた体制から、戦後民主主義体制へという余りにも大きな変化です。明治期に制定され第2次世界大戦の終わりまで続いた明治憲法(大日本帝国憲法)は立法、行政、司法の決定権がすべて天皇にあり、首相、内閣の規定がなく軍の統帥権も天皇にあるなど絶対王政の要素が強過ぎるものでした。この時代は形としては立憲君主制の形態を取ってはいましたが、議会が王に制限を加えるヨーロッパの立憲君主制とは異なったものであったと言わざるを得ません。

古来より、天皇は国の中央に位置しながら世界でも類がない程、政治を直接行って来ませんでした。明治期以降においてもそれは変わっていません。この事から、天皇制の下での政治形態は独裁的な印象が薄くなり、その点をもってして民主主義的であったと誤解される場合がありますが、何も政治は行わないが巨大であるという天皇制の持つ曖昧さは、必然的に大きな権力の空白と責任の所在の不明確さをもたらし、それは第2次世界大戦において神である天皇の意に沿っているとして軍部が他の機関からの干渉を受けることなく暴走する結果を招きました。

日本の敗戦後、占領国アメリカにより日本国憲法が制定されました。11章から成るこの憲法は、始めの第1章が天皇に関することであり、第1条の、天皇は日本国の象徴であり主権は国民に存する、と3,4,7条が天皇の国事行為とその制限、つまり国事行為のみを行い、その国事行為はすべて内閣の助言と承認を必要とし、天皇は国政に関する権能を有しない、という条項にさかれています。憲法の最初に天皇についてこのようなことが書かれているということは、戦中の経験を踏まえ天皇の行動に強い制限を加えたということが考えられます。この日本国憲法には、民主主義の根幹を成す国会、国務大臣、国政選挙の、召集、任命、公示など、すべて内閣の助言と承認が必要とはいえ、第1条の主権在民からは奇異な感を受ける国事行為が含まれています。立憲君主の諸外国でも憲法にはこのような規定はありません。また、問題となる戦争の放棄と戦力を保持しないことを謳った第9条は日本側からの発案で、諸外国から批判のあった天皇制の存続のために持ち出された、というのが通説です。こうして日本国憲法が生まれ、それは平和憲法として、強大なアメリカによる西側世界の秩序の維持の下、幸いにも現在に至っています。

憲法に、天皇は日本国と日本国民統合の象徴、と書かれていますが、では、憲法に定められた、人が象徴とはどういうことでしょうか。国旗や国歌のようなものは個別に法令により定められるもので、憲法に人が象徴と定められることは世界でも例がありません。象徴というのは誰からも特に強い異議の出ない、通常、国旗や国章など人以外のものが定められています。人の場合、すべての国民から異議が出ず、しかも尊敬される人格、という事になりますが、たとえ天皇であろうと個性がありますので、このような権威を保つには直接的な発言は控えられます。現代の民主主義国家のリーダーである首相や大統領は、不断に雄弁にものを語る必要があります。国民も誰でも積極的に発言出来、自己を実現することを目指しています。一方、天皇は何も発言しなくとも大きな地位が保障されています。
天皇制と民主主義は完全に矛盾した概念です。こうした説明の出来ない矛盾を放置することは、国民の論理的思考の発展に大変悪い影響を与えるものであると思います。

 

注1:宮内庁HP内、宮内庁関係予算の推移表、他より算出

注2:2009年11月実施のNHK世論調査より

注3:天皇は初期から神道との関係が深く、また明治期に宗教面で神話上の天照大神が神道の最高神として統一されると、政府により、その子孫とされていた天皇を神そのものという位置に置く国家的状況(国家神道)が作り上げられました。戦後、政教分離が行われましたが、天皇が宗教の中心としての存在であるという意識は強いものがありますし、その背景は万世一系の血筋を受けた神性から来ています。

注4:日本では世間と社会の違いは明確ではありませんが、両者には違いがあります。日本では江戸時代の武家政権から明治時代の近代国家体制へ急激に転換したために、それまでの閉鎖的な村意識や狭いコミュニティーで生活していた町人の意識が、そのまま社会の範囲にまで拡大されて残ったものと考えられます。世間とはこの同一感を引きずったクローズな人間関係のことです。一般的に世間は権威に弱く、人と違うことに強い抵抗感を持ちます。
社会とは市民意識を持った人々の集まりで、自立と意識の範囲はより広いものがあります。

 

E.N., Sept. 2017

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